鶴ヶ島町の誕生

昭和30年代前半まで、鶴ヶ島は農業を中心とした、第一次産業が主体でした。東京五輪を間近にひかえた昭和37年ごろから始まった高度経済成長の影響で鶴ヶ島も開発が進みました。

昭和40年(1965) 村道で初の舗装工事が行われ、鶴ヶ島駅前通りができる。鶴ヶ島村の村章、村役場庁舎が完成。
昭和41年(1966) 単独で町制施行、「鶴ヶ島町」となる。当時の人口はおよそ1万人。翌年には、鶴ヶ島保育所、公民館も完成。
昭和46年(1971) 人口が1万5千人を超える。
 

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鶴ヶ島の学校の変遷(町制施行まで)-フッダーメニュー-町制施行以後の学校の変遷 -フッダーメニュー-

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  • 【ID】P-3704
  • 【更新日】2016年5月30日
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