鶴ヶ島村の誕生

明治21年(1888) 明治政府が「市制町村制」交付 明治22年(1889) 12村2新田が合併し、「鶴ヶ島村」誕生
(五味ヶ谷村、戸宮村、脚折村、三ツ木村、高倉村、町屋村、藤金村、上新田村、中新田村、下新田村、上広谷村、太田ヶ谷村、大塚野新田、三ツ木新田) 昭和12年~16年 開墾により高倉第二と共栄が誕生 昭和15年(1940) 大塚野新田が飛行場建設のため消滅 昭和17年(1942) 戸宮が坂戸市勝呂村に編入 昭和22年(1947) 富士見、23年に鶴ヶ丘が誕生

昭和29年になると、工場誘致条例により、企業の進出も始まり、昭和30年代の高度経済成長の波に乗って、工場や商店街、住宅地などが形成され、人口も急激に増えました。


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  • 【ID】P-3703
  • 【更新日】2016年5月30日
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