明治・大正・昭和

鶴ヶ島の生い立ち

昭和6年の公図(脚折村近辺)

明治21年(1888) 明治政府が「市制町村制」交付
明治22年(1889) 12村2新田が合併し、「鶴ヶ島村」誕生
(五味ヶ谷村、戸宮村、脚折村、三ツ木村、高倉村、町屋村、藤金村、上新田村、中新田村、下新田村、上広谷村、太田ヶ谷村、大塚野新田、三ツ木新田)
昭和15年(1940) 大塚野新田が飛行場建設のため消滅
昭和17年(1942) 戸宮が坂戸市勝呂村に編入
昭和41年(1966) 単独で町制施行、「鶴ヶ島町」となる
平成3年(1991) 単独で市制施行、「鶴ヶ島市」となる
 

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  • 【ID】P-3702
  • 【更新日】2016年5月30日
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